2016.06.13

「ねえフアン、財布が落ちていたらあなたはお金を抜く?」


「カバンを道においておいても誰も取らない」「財布を落としたのにお金が入ったままかえってきた!」という日本の話に海外の人が驚く、というのはよく聞く話だ。

わたしは日本で生まれ日本で育ったのでそれがとても普通のことで、それに甘えきって生きている。日本では、カフェで一人で仕事をして、パソコンも携帯もカバンも机に置いたままトイレに行く。財布が見えるようなあけ口の広いカバンでスクランブル交差点を歩く。

でも、一度も何も盗られたことがない。飛行機内に忘れたカバンはすぐに人が届けてくれるし、落としたPASMOも1円も使われずに戻ってきた。わたし自身も財布を拾えば、中は全く見ずに警察に届ける。

でも、海外ではそうはいかない。

落とした財布が戻ってくることはそうそうないし、そもそも落としてもないのに財布がなくなる。カフェでカバンを置いて席を立てば「どうぞ持って行ってください」と言っているようなものだと聞く。

スペインも例外ではない。行ったことはないけれどバルセロナやマドリッドはスリがものすごく多いらしい。ここバレンシアはすごく治安がいいけれど、それでもやはり日本とは違う。スリに気をつけカバンを肌身離さず持っているのは当たり前だし、貴重品から目を離してはいけない。それはどこかで誰かが狙っている目つきをしているからという緊迫感からの行為ではなく、「それが普通」なのだ。



バレンシアで日本語を話す現地の友人ができた。彼の名はフアンで、彼はもう10年も日本語を勉強しているのでとても流暢な日本語を話す。日本に来たことももちろんある。

わたしは彼に「スペインでは、お財布を落としたら返ってこない?」と聞いてみた。

彼は「もちろん返ってこない」といい、「あんなのは日本だけだよ」と言う。「びっくりしたよ。財布を拾ったらもらえるのは10%なんでしょう?」と彼が聞くので「そうね。でも多くの人は別に要らないと断ったりするかな」と答えると「本当に?」と驚いていた。
スペインでは、財布が落ちていればお金だけを抜いて、財布はその場に捨てるか警察にとどけるか、ポストにいれる人が多いよ。逆にお金が入ったまま警察になんか届けたら「変な人、バカね」と思われるよ、と。

「まぁそうよね。ところで、フアン。もし”あなたが”財布を拾ったとしたら、どう?」

わたしは聞いてみた。

彼は少しバツが悪そうに笑って、少し目をそらし、肩をすくませ、「……残念だけど同じことをするね」と言った。彼は日本の文化にも詳しい人なので、ものすごく申し訳なさそうに または 恥ずかしそうな顔をしながら、ぽつぽつと理由を話した(あとで聞くと、文化の違う人に正直に話すと驚くだろうから申し訳ないと感じていたらしい)。

「ぼくはあまり裕福ではないから、きっとお金を抜くと思う。まずは身分証を見て、銀行員だったりすれば、迷わずもらう。落ちているものだから、多分そうする。僕が思うに、日本やまたはサウジアラジアのような国だったらみんなお金を抜かないのかもしれない。みんなお金があるから」と。「友人がお金を抜いたと聞いても普通かな。むしろ抜かずに警察に届けたなんてきいたらみんなで”おまえバカだな”というと思う」とも。


日本で「財布を落ちてたからお金を抜いた」なんていう人がいたら、わたしは正直軽蔑すると思う。友人が笑いながら「昨日財布見つけた、ラッキー」なんて言ったら、人格を疑う。たとえお金があまりない時期だとしてもやはりそれは”悪いこと”であるし、”落ちているものでも人のものだ”という考えがある。無論、人のものを無断でもらうのは良くない。

でも今目の前にいる友人が「落ちていたらお金を抜く」と話す。「だって落ちているから」という。ここではやはりそれが”普通”なのだと痛感する。彼が悪い人なのではない。これが普通なのだ。

ものすごく当たり前な話かもしれないけれど、”友人”からそんな話が聞けたのは正直すごくインパクトがあった。納得した、とも言える。


日本以外の国で財布を落としても届けてもらえないのは、日本より悪い人が多いからではない。価値観が根本から、違うのだ。

郷に入っては郷に従え。財布を落とさないようにするのはもちろん、小さなカバンをしっかり体の前に持ち、盗られないようにする。ここではそっちのほうこそマナーなのだろう。



(なお、本記事は本人に許可を取って公開しています)


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